神奈川大学理学部化学科
菅原研究室
協同効果を示す分子システムの設計による新しい物質の創成
分子から分子集合体そして分子システムへ
(Sept5,2011)最近の成果が、Nature Chem.に掲載されました。
解説ページはこちら。
菅原 正 | (特任教授) | |
神奈川大学 湘南ひらつかキャンパス 2号館 2階 | ||
2-217号室 sugawara-t[at]kanagawa-u.ac.jp | ||
[メールアドレスは"[at]"を@に変えてご利用ください] |
20世紀の化学は、分子に焦点をあて、分子モデルを構築して自然現象の理解を深める研究や、新しい物質を作り出す研究を展開し、多大な成果を挙げてきた。しかし、21世紀を迎え、新しい概念にもとづく物質の開拓や、生命機能の分子論的理解という挑戦的課題に立ち向かうには、分子という要素と、その集合体である分子集団との関係に焦点を当てた化学を展開する必要があるのではないか。
我々の研究室では、分子を集合化するにあたり、分子の個性を協同的に発揮させ、めざす物性・反応性へと導くために、分子間相互作用をいかに制御するかという研究を行なってきた。分子集合体内の分子間相互作用を、分子配列の制御により最適化し、巨視的な物性現象やダイナミクスが創発するようになった分子集合体を「分子システム」と定義する。我々は、以下に示す特徴ある3つの分子システムを創り上げ、これらをさらに発展させる研究を遂行している。これらの研究は多くの共同研究者を始め、研究室のスタッフ、博士研究員、院生、卒研生(外部卒研生を含む)との共同研究で進められてきた。菅原研究室出身者は、現在、社会の各方面で活躍している。
CONTENTS
● 有機ラジカル分子で創るスピン整列分子システム ●
● 互変異性分子で創るプロトンリレー分子システム ●
● 両親媒性分子で創る自己複製・自律運動する分子システム ●
● 現在進行中の研究 ●
有機ラジカル分子で創るスピン整列分子システム |
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1.
化学結合は、電子スピンを逆平行にすることで形成される。したがって多数の平行なスピンをもつ共役化合物を合成することは極めて困難であると考えられてきた。しかし、我々は交差共役分子(テトラメチレンメタン)に見られるスピン分極(スピン密度の「大小と向き」に関する交替;右図参照)を利用することで、分子内でスピンが平行に整列した「高スピン分子」という新しい分子群を創出した。この分子群は、分子に磁性を持たせるという研究分野の先駆けとなった。
(→ 総説1) (→ 総説4)
[代表的論文]
2.
ラジカル分子を自己集合化すると、通常、ラジカル分子のスピンは分子間で対を作って安定化するので磁性を示さない。しかし、分子内でスピンが揃う仕組みを分子間に拡張し、スピン分極が分子間で位相を揃えて伝搬するように分子を配列することで、「分子間でスピンが揃う分子システム」を構築した。例えば、分子間の水素結合に与る水素原子に負のスピン密度を担わせると、ラジカル部のスピンは平行に揃い(扉の図参照)、このラジカル分子集合体が低温で磁石になることを発見した。(→ 総説2)
[代表的論文]
3.
近年、電子の電荷のみならずスピンの情報を取り入れたスピントロニクスが注目されている。その分子基盤を確立するには、磁性と導電性を併せ持つ物質を創出する必要がある。その目的を実現するために「スピン分極ドナー」と呼ばれる新しい電子構造をもつドナーラジカルを合成した。電界結晶化法により作製したスピン分極ドナーのイオンラジカル塩に、磁場を印加してラジカル部のスピンを揃えると、電気抵抗が大幅に減少することを確認した。これにより、「磁性と導電性が連動する分子システム」が世界で初めて実現した。分子システムの考え方の有用性が示されたといえる。(→ 総説3) (→ 総説5)
[代表的論文]
互変異性分子で創るプロトンリレー分子システム |
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1.
互変異性分子の中でも、特に3‐ヒドロキシエノン類は、水素結合内でプロトンの付加位置が移動するとπ結合が切り替わり、分子の横軸方向の双極子モーメントが反転する。通常、互変異性分子の結晶は、室温で互変異性を起こしていても(常誘電相)、低温では分子の双極子モーメントが反平行に整列して反強誘電相に転移する。しかし、対象性の高い9-ヒドロキシフェナレノン誘導体の結晶では、低温でも互変異性が停止せず、分子内プロトン移動が波動性を示すことで、種々の新しい現象を引き起こすことを明らかにした。 (→ 総説1) (→ 総説2) (→ 総説5)
2.
有機強酸で強い分子間水素結合を形成し、かつプロトンが分子間で移動しても分子骨格が変化しないビ四角酸の分子間水素結合結晶において、交流誘電率測定より、分子間でプロトン移動が起こり、顕著な誘電性を示すことを示した。 (→ 総説4)
3. ビ四角酸の誘導体の結晶中では、結晶水を含むヘテロな分子間水素結合鎖が形成され、それに沿って分子間長距離プロトンリレーが起こるため、105にも及ぶ顕著な誘電性を示すことが見出された。この互変異性分子システムは、プロトン移動を伴う有機強誘電体の先駆けとなると共に、生体膜内のプロトンリレーの構成的モデルを提供した。 (→ 総説4)
両親媒性分子で創る自己複製・自律運動する分子システム |
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1. ラジカル分子や互変異性分子をシステム化し、分子間で電子構造を接合させることで磁性や誘電性を発現する分子システムを実現したのと同様の方法論で、「集合体内で進行する化学反応が、集合体のマクロな形態変化を誘発する両親媒性分子システム」を実現した。親水部と疎水部がイミン結合で連結した両親媒性分子は、集合体内で徐々に加水分解反応される。それに伴い集合体の自発曲率が変化するため、ナノメーターサイズのミセルからミクロンメーターサイズのジャイアントベシクルへと集合体の形態が連続的に変化する。 (→ 総説3)
2.
両親媒性分子は、水中で二分子膜からなる袋状の自己集合体(ベシクル)を形成する。細胞大のサイズを持つジャイアントベシクルの内水相に存在する膜分子の疎水部の原料と、外水相から取り込んだ膜分子の親水部の原料とから合成された膜分子が、自己集合化して娘ベシクルとなり、親ベシクルから飛び出すことでベシクルの数が増加する「ベシクル自己生産システム」(→ 総説1) (→ 総説3) [動画]、あるいは親ベシクルが外水相から膜分子前駆体を取り込み、これを膜分子に変換することで肥大・分裂して、ベシクルが増殖する自己生産するシステム[動画]を創出した。(→ 総説2) (→ 総説4) (→ 総説7)
さらに、ポリメラーゼ連鎖反応を用いてベシク内部で情報分子であるDNAの自己複製を行なわせ、そこに膜分子前駆体を添加すると、カチオン性膜分子、ポリアニオンであるDNA、カチオン性膜分子前駆体の協同的ダイナミクスにより、ベシクルが肥大・分裂し、新たに生成したベシクル内部に増殖したDNAが分配されることをみいだした。これにより、「情報分子の自己複製とジャイアントベシクルの自己生産系の連動したベシクル型人工細胞」[動画]を実現した。 (→ 総説5) (→ 総説7)
3. これまでの超分子化学では全く実現されていなかった両親媒性分子を含む自律運動分子システム「自律運動分子システム」も構築された。アルカリ性(pH = 12)水溶液中で、両親媒性分子(オレート:オレイン酸のアニオン)で表面を取巻かれた無水オレイン酸の油滴は、界面で加水分解が進行すると、オレイン酸(オレート)が生成し、そこで得られる化学エネルギー(油滴表面で生成するオレイン酸の濃度勾配)を運動エネルギー(油滴内に生ずる対流)に変換することで、水中を自走する[動画]。また、この分子システムを改良し、外部からエネルギー源(人工両親媒性分子)を取り入れ持続的に自走する油滴も構築されている[動画・動画](→総説4) (→総説7)。一方、オレイン酸とオレートからなるチューブ状ベシクルからなる螺旋状構造体では、水中で自律的な巻き直し運動をする[動画]といった、これまでの超分子化学では全く実現されていなかった「自律運動分子システム」が構築されている。 (→ 総説3)
[代表的論文]
<関連動画> A. 人工複製系
B. 自律運動系
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現在進行中の研究 |
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これまで研究してきた分子システムの成果を基にした発展的な研究が現在進行している。
1.
分子回路へのアプローチ 分子ワイヤーで連結した金ナノ粒子ネットワーク オリゴチオフェンなどのπ共役化合物の末端にチオール基を導入したワイヤー分子を用いて、金ナノ粒子(平均粒径 4 nm)を連結したネットワーク構造体を作製し、広い温度領域に亘りその導電挙動を解明した。(→総説1) (→総説2)特に、分子内に磁性を担うラジカル部位と、導電性を担うドナー部位が交差共役した「スピン分極ワイヤー」を用いて作製した金ナノ粒子ネットワークは、外部からの磁場の印加で抵抗が減少する。(→総説4)外部刺激の応答に記憶性を示す性質を可塑性と呼ぶが、柔軟な分子材料の特質を利用することでで、可塑性のあるネットワークの実現を目指している(→総説3)(名古屋大松下、千葉大野口、筑波大大塩研との共同研究)。
[代表的論文]
2.
後天的に機能を獲得する両極性分子薄膜 分子性材料からなる有機FET(電場効果トランジスタ)素子には、顕著な「バイアスストレス効果」が見られる。これは、バイアス(ゲート電圧)と逆符号を持つキャリアが、周囲の分子によって安定化され移動性を失う現象である。我々はこの現象を逆に利用して、素子にバイアス電位を記憶させる方法を確立した。そこで、ドナー性とアクセプター性を併せ持つ両極性分子でFET素子を作製し、外部からソース、ドレインに特定の電圧を印加することで、試料内にp型/n型接合を刷り込み、ダイオードやトランジスタ特性をもたせることに成功した(富山大樋口研、京大化研佐藤研との共同研究)。
3.
進化するベシクル自己増殖システム ベシクルの自己複製とベシクル内部でのDNAの自己複製が連動する自己増殖システムが誕生した。この自己増殖システムの示す分裂様式に内部のDNAの構造が反映されるようになれば、何世代にも亘る増殖の内に膜分子の組成などの最適化が進む可能性がある。このような変化を分子システムの進化と捉える研究を計画している(東大 豊田研、お茶大 今井研との共同研究)。
Apr19,2012 Suzuki K.