宇宙では、宇宙線などにより分子は容易にイオン化されます。イオン化すると分子の内部エネルギーが増加します。これは垂直イオン化した構造がイオン化状態のエネルギー表面の極小値に位置していないためです。垂直イオン化した構造がエネルギーの極小値に向かって緩和する際、余剰エネルギーが発生します。その余剰エネルギーは、その後の反応の振動モードに再分配されます。これが駆動力となりエネルギー障壁を越え反応が進行します。したがって、宇宙空間の極低温条件下であっても、大きなエネルギー障壁を伴う反応が可能になります。極低温条件下でどのような反応が起こりどのように物質進化が起こってきたのか、その謎解くために、私たちは、このイオン誘起反応の原理を宇宙での反応に利用しています。
例えば、土星の第6衛星であるタイタンの大気中の複雑な有機反応の初期段階に不可欠な窒素分子とメタンの反応にCH4/N2クラスターのイオン化誘起反応のモデルを提案し、量子力学的手法と分子動力学的手法を用いて反応機構を検討しました。CH4/N2クラスターが2価にイオン化すると、CH4とN2の間に電荷移動による強固な引力相互作用が生じます。その後、反応に先立ってH4C-N2共有結合が形成され、N2H+、CH3+、CH3N2+、CH2N2+が生成します。そうでない場合はN2H+、CH3+、CH2+のみが生成されます。対照的に、CH4/N2クラスターが一価にイオン化されると、N2H+の解離とCH3NHN+およびCH3NNH+への異性化が起こるものの、大部分は反応することなくCH4+とN2に解離します。さらに、N2H+とCH3+の生成は一価の状態では制限されます。その理由は、生成する余剰エネルギーが小さいことと、反応が起こる際、クーロン爆発が起こらないためです。我々は、タイタンの大気中では、一価の反応よりも効率的な二価の反応が極めて重要な役割を担っていることを明らかにしました。
【文献】 T. Matsubara, “A Model of Ionization–Induced Reactions in CH4/N2 Clusters in Titan’s Atmosphere: Theoretical Insights into Mono– and Divalent States.”, Bull. Chem. Soc. Jpn., 97, uoae047 (2024).
従来の研究では、イオンー分子反応が主に注目されてきましたが、近年、イオンーイオン反応の意外な可能性も明らかになりつつあります。特にカチオン同士の反応はクーロン斥力により不可能と考えられがちですが、私たちは特定の条件下では実現可能であることを示しました。
CH₄⁺ + CH₄⁺の反応による炭化水素成長の初期過程を探求しました。CH₄⁺とCH₄⁺の間では、電子不足部位である炭素原子間の引力がクーロン斥力を打ち消し、準安定な[CH₄-CH₄]²⁺中間体を形成します。C-C結合の形成により約180 kcal/mol安定化します。この安定化エネルギーにより、低温環境でも反応が進行します。H⁺、H₂、H₃⁺の解離を促進し、エタンやエチレンの前駆体となるC₂H₆²⁺、C₂H₅⁺、C₂H₄⁺などを生成します。また、CH₃⁺も頻繁に生成され、イオン-分子反応の重要な開始因子として機能します。
安定化により発生したエネルギーの再分配は反応経路と生成物に大きな影響を与えることが分かりました。H₂分子に運動エネルギーが集中すると解離が促進され、エネルギーが分散するとH₂がローミングし、H⁺を捕獲してH₃⁺を形成します。このようなエネルギー依存のメカニズムは、反応の複雑さを浮き彫りにしています。
この前例のないイオン-イオン反応メカニズムは、低温環境におけるイオン化プロセスがいかにして物質進化を可能にするかを示しています。この成果は、星間空間での炭化水素形成の理解を深めるだけでなく、有機化合物や生命前駆体分子、惑星系の化学進化の起源に関する洞察を提供する重要な一歩となると考えています。
【文献】 T. Matsubara, “Theoretical Insights into a Novel Ion-Ion Reaction of Methane in the Initial Stages of Hydrocarbon Growth in Space”, ACS Earth Space Chem., 8, 2557-2573 (2024).