Title: ソフトウェア工学,私はこう考える
Author(s): 海谷 治彦 東京工業大学 理工学研究科 電気電子工学専攻
Source: 情報処理, Vol.33, No.9, p.1067, Sep. 1992. 会員の声.
私のソフトウェア工学における関心は, 最終的なプロダクトに関するものから, ソフトウェアを開発するプロセスに関するものへと変化してきている.

ソフトウェアに対する要求は, 利用者や利用環境などの変化に従って連続的に変化し続けて行くものである. よって, ソフトウェア開発は常にその変化に追従し, 新しいソフトウェアを作り続けなければならない. このような要請に答えるためには, 連続的に変化するソフトウェア開発プロセスを研究する必要があり, 私は特に次の三つの研究が重要であると考えている.

第一に重要なのは, 実際のソフトウェア開発プロセスを観測する方法の研究である. この研究によって, 開発プロセスと言う捉えにくい存在を, 実際に手にとって吟味をすることが可能となる.

第二に重要なのは, 観測したデータを評価する方法を構築する研究である. これによって, ソフトウェア開発における改良すべき点が明らかにすることができる.

第三に重要なのは, 改良すべき点から,実際の改良方法を構築する研究である. 例えば, 支援ツールを作成したり, 形式的な仕様記述方法や方法論を構築することなどが考えられる.

私は上記の三つの研究の内, ソフトウェアプロセスの観測に関する研究に関心を持って研究を行なっている. なぜならば, プロセス自体の観測方法が確立されていなければ, 実際のソフトウェア開発の評価を行なう事も, 新しい設計/開発方法論の構築を行なう事も不可能だからである.

この研究は, ソフトウェア開発プロセスが作業者の人的要因に大きく影響されることから, 観測する対象の設定さえ難しい. 現在の観測対象は, 比較的小さなソフトウェアを一人の人間が仕様化/設計する作業過程や, 小人数の共同作業を通じて仕様化を行なう作業過程である.

個人の仕様化作業に関しては, 作業者のプロダクトの作成順序や後戻り作業を枠組として, 簡単なツールを用いた作業記録をとり,仕様化作業の分析を行なった. 小人数の共同作業に関しては, 作業者の会議の様子をビデオカメラを用いて記録をとり, 作業者の会話の順序を枠組として, 共同作業の分析を行なった. 現在は,上記の分析結果を基に,人的要因を重視した評価基準を模索中である.

将来的には, これらの研究成果をまとめて, ソフトウェア開発のための統合開発環境を構築することで, 連続的なプロセスとしてのソフトウェア開発に関する理解を深めてゆきたい.

さらに, 現在対象としている研究室レベルの小さな問題に対する実験から, 実際にソフトウェア工学が必要とされているような大規模な問題領域へと 研究対象を拡大して行きたい.

ソフトウェア工学は多分に学際的な面があるため, 計算機科学全般はもちろんのこと, 心理学や社会科学とも大きな関わりをもっている. 実際的なソフトウェア開発環境では, %法学や政治学など 社会学などが大きく関わってくる可能性がある. よって,他の分野の研究者との積極的な交流が, 自分の研究に大きくプラスになるはずである. さらに,研究者レベルの交流だけではなく, 実際にソフトウェアを構築し,利用する人々との交流が必要不可欠である. 幸い,情報処理学会には,研究/開発に限らず, 製造/生産技術,生産管理,教育/コンサルティング,経営/管理など, 多種多様な職種の人々が会員として参加している. 情報処理学会を通じて, 異なった分野の会員がそれぞれの背景を生かして ソフトウェア工学の分野について議論できれば幸いである.


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